むかしむかし……。
永世オゲレツ連合国。その正式名称をグレートブリブリテン及び北アーデルランド連合国──
その、初代のおはなし。
黒の髪を持つ少女が、銀の髪を持つ少女が、笑いながら黄金の大地を走り回っていました。
銀の髪を持つ少女の持つ木の枝に、黒の髪を持つ少女は楽しそうに突き刺さっておりました。
笑いながら二人は走り回り駆けまわり――――
やがて疲れ果てたのか、金色の小麦畑の上に体を投げ出します。
「――――これでお別れなのかしら、■■■■■?」
「――――ああ、これでお別れだ、■■■」
黄金に倒れ込んだ二人は二人とも、奇妙な表情をしておりました。
お互いがお互いに、踏ん張っているような、我慢しているような、左右非対称の奇妙な表情です。
「とうさまがたおれてしまった。私は■■■■■王国に帰らないといけない」
「ここはいい国だ。民は満ち、土地は豊かで――――だが、私は■■■■■王国の王族なんだ」
だから、帰らないといけない。
女王が生まれたというのならば、それはきっとこの時なのだろう。
父が治める国が滅んだ時ではなく。
己が復讐を果たし、国を興した時ではなく。
友との永遠の別れを告げたその時に、この国の女王は誕生したのだ。
全ては時の彼方、ここではない場所、今ではない時間。
そこでかつてあった、遥か黄金の夢。
―――『■■■■■王列史・糞章「ラインの黄金」』より
◆ ◆ ◆
京都市、市内。音速ステーキモーリヤ祇園店――――内部。
そこは地獄と化していた。
灼熱の鉄。焼ける肉の臭い。したたる汁は血の臭いすら想起させ、そして混じる、うんこの臭い。
戦場の、におい。
「――――物事には何事も相性がある。そう言わざるを得ないのだろうな」
その中で一人、赤が屹立していた。
赤としか言いようがなかった。
身に包む白銀のサーコートも、身を包む褪せた灰のような肌も、
・・・肩まである銀髪も。
その『赤』より発された残光でしかない。
赤とは戦火であった。彼女が見たそれであり、彼女そのものであるそれであり。
どうしようもなく死を孕む『赤』を、彼女は当然というかのように、その身にたたえていた。
「この戦場、音速で飛び交う肉の塊。それらすべては食べるために飛び交うものだ」
「貴様も王なのであろう?・・・本当に、相性が悪かったな」
その『赤』の見やる先に、一筋の黄金が存在していた。
野太い一本糞のごとく倒れ、伏している。
一本糞の名は、ブリザベント・ブッブリーと言った。
「我らは民から税を取り責務を成すものだ、その性質上民の想いを無下にする事が出来ない」
「この肉の飛び交う場所でうんこたる貴様が王で有り続けるためには――――」
「飛び交う肉全てを貴様が喰わなければならない」
その一本糞は、今もはちきれんばかりに丸々としていた。
全ては『赤』の言葉通りに。
「体術は使えない。使えば喰らった肉はすぐさま逆流する」
「貴様のうんこは下の穴ではなく上の穴から出てしまうだろう」
「うんこは使えない。使えばこの地はさらに穢れ貴様が喰わねばならぬ肉の量を増やすだけだ」
「残る手段は一つ。私の体内のうんこに働きかけることだけ、だが――――」
「残念だったな。私が女王で」
古来、女王とは国の象徴であり、象徴とは偶像であった。
つまり今もアイドルに残る伝統、それらは古来女王の風習、性質を色濃く受け継いでいるものに他ならない。
その中の一つ、最も有名なものが一つ。かのブリー・モレタワキット曰く―――
『ノーオウジョ、ノーウンコ』
女王はうんこなんかしない。古事記にもそう書いてある。
「王として、自身に向けて飛び交う肉を喰わねばならんのは私も同じだが―――」
―――『赤』は、クイーン・エウロペア1 世は愛刀を引き抜きながら一本糞に近づいていく。
彼女に飛び交う肉は、舞う脂は、悉くが赤く燃え。
それが誉れであるかのごとく、尊き献身であるかのごとく彼女の『赤』を更に強く燃やしていく。
「『肉と脂』。それらは私の炎をさらに強くするものだ」
「本来なら貴様のうんこも同様の性質を持つものだが・・・」
「うんこを出せないこの場ではいくら消化しようともたまるばかり」
【ここはいい国だ。民は満ち、土地は豊かで――――だが、私は■■■■■王国の王族なんだ】
【女王は、うんこなんかしない】
【だから、これでお別れなんだ、■■■】
――――目を閉じれば思い出す友との惜別の記憶。
友と別れ、父が死に、滅びた祖国より新たな国を再興した始まりの記憶。
「故に焼けよ。なに、私は戦場には慣れている。糞の焼ける臭いなど飽きるほど嗅いでるさ――――!!」
女王が剣を振るう、痛みと苦しみを伴うがむしろそれは女王を更に剛くする。
代償を求める一矢。覚悟と責任を問う炎は赤く、朱く、紅く。
目の前の一本糞など薪にもならぬと迫りくり――――
その、瞬間。
クイーン・エウロペア1 世の腸内に出現する。
存在しないうんこ
いつの間にか、赤は膝をつき地を眺め。
天を仰ぎ起き上がる、ふとぶとしくたくましい、一本の黄金。
「――――初代より伝わる口伝がありました」
「凄まじく限定的、限られた局面、限られた状況でしかなく応用も発展もないただの空想」
「ですが初代より脈々と伝えられ、秘伝とされ続けてきた口伝がありました」
曰く、仙人は霞を食し生きていくと言われている。
ならば仙人の出すうんこは霞のうんこに他ならない。
ならば、空気を吸い生きている王族は、うんこをしないと言われている女王は。
そこにはない、だがたしかにそこにあるうんこを腸内に持つのではないか――――?
それは妄想と言ってしまってもいいおとぎ話。
凄まじく限定的、限られた局面、限られた状況でしかなく応用も発展もない。
女王の腸内にうんこが在る為の、在る為だけの空想郷。
初代では完成ならず。歴史を重ねても発展せず。技術が練られても目途が立たず。
だが。
「悲願、成りましたわ初代。」
今ここにいるのは歴代最高のうんこ。全てを超えた先に到達したたった一つの黄金。
その才能が完成させる。うんこだけではできなかった、人間だけにできる技。
その技の名を――――
「空想具現化!!」
それは、女王になってより久しく感じなかった、過去の残滓。
かつてまだ元気にうんこを出していた童だったころの思い出。
友との永劫の別れをした、あの日の黄金の記憶。
【じゃあ、しょうがないわね、これでお別れね】
【――――でも覚えていてね■■■■■?】
【女王はうんこなんてしないけど】
【私はきっと、それでもあなたのお腹に相応しいうんこになってみせるわ】
【その時になったら、また会いましょう?】
ああ、そうか。
とおさまも祖国も、私すらももうこの世界は忘れて消えてしまったと言うのに。
消えて果ててしまったというのに。
お前はまだ、腸内にいるのか。
そこにいて、くれたのか。
廃れた国の女王が地に伏せる。体を投げ出し、顔を地にうずめる。
それは遥か時の彼方、疲れ果てるまで駆けまわっていた童の頃。
大地に広がる黄金と風を感じながら寝ころんでいた時のように――――
二回戦 一戦目
クイーン・エウロペア1 世VSブリザベント・ブッブリー
――――ブリザベント・ブッブリーWIN 決まり手:空想具現化による公開脱糞によるTKO。
全ては時の彼方、ここではない場所、今ではない時間。
そこで今も続く、遥か黄金の夢。
木を切り倒す音が山間に響き渡る。
炭を焼く臭いが辺り一面に立ち込める。
ここは本の中か、どこかの事象の果てか、はたまた京都市内なのか。
其れはまだ分からない。ひょっとしたらまだ可能性すらないおとぎ話なのかもしれない。だが。
「姫様ァ!飯ができましたべよぉ!」
「昨日狩った獣でステーキですぜぇ!はやくきてくだせえやぁ!」
未来は、繋がっている。
そのひり出された先端で、今。
「ああ・・・腹ペコだ!」
女王は歩く。己の興した愛すべきエスカルゴ王国を。
友と共に。
毎日毎日のうんこが
おのずから人生の答えを出す
きれいな食事には
きれいなうんこがたまる
――――――ブバット・ブリスト『食と糞』より抜粋